がんの症状
がん発生の機序(メカニズム)
全てのがんは、遺伝子の突然変異によって発生する。
身体を構成している数十兆の細胞は、分裂・増殖と、「プログラムされた細胞死」
(アポトーシス)を繰り返している。
正常な状態では、細胞の成長と分裂は、身体が新しい細胞を必要とするときのみ引き起こされるよう
制御されている。
すなわち細胞が老化・欠損して死滅する時に新しい細胞が生じて置き換わる。
ところが特定の遺伝子(p53など、通常複数の遺伝子)に突然変異が生じると、
このプロセスの秩序を乱してしまうようになる。
すなわち、身体が必要としていない場合でも細胞分裂を起こして増殖し、
逆に死滅すべき細胞が死滅しなくなる。
このようにして生じた過剰な細胞は組織の塊を形成し、腫瘍あるいは新生物と呼ばれる。
腫瘍には良性(非がん性)と悪性(がん性)とが存在する。
良性腫瘍は、稀に命を脅かすことがあるが、身体の他の部分に浸潤せず肥大化も見られない。
一方、悪性腫瘍は浸潤・転移し、生命を脅かす。

全ての遺伝子の突然変異ががんに関係しているわけではなく、
特定の遺伝子(下述)の変異が関与していると考えられている。
また、発癌には多段階発癌説が提唱されている。
すなわち、癌に関与する因子ならびに癌に至るプロセスは単一ではなく、
複数の遺伝子変異などが関与すると考えられている。

がん発生に関与する遺伝子群
現在、がん抑制遺伝子といわれる遺伝子群の変異による機能不全がもっとも
がん発生に関与しているといわれている。
たとえば、p53がん抑制遺伝子は、ヒトの腫瘍に異常が最も多くみられる種類の遺伝子である。
p53はLi-Fraumeni症候群 (Li-Fraumeni syndrome) の原因遺伝子として知られており、
また、がんの多くの部分を占める自発性がんと、割合としては小さい遺伝性がんの両方に
異常が見つかる点でがん研究における重要性が高い。
p53遺伝子に変異が起こると、適切にアポトーシス(細胞死)や細胞分裂停止
(G1/S 細胞周期チェックポイント)を起こす機能が阻害され、細胞は異常な増殖が可能となり、
腫瘍細胞となりえる。
p53遺伝子破壊マウスは正常に生まれてくるにもかかわらず、
成長にともなって高頻度にがんを発生する。
p53の異常はほかの遺伝子上の変異も誘導すると考えられる。
p53のほかにも多くのがん抑制遺伝子が見つかっている。

一方、変異によってその遺伝子産物が活性化し、細胞の異常な増殖が可能となって、
腫瘍細胞の生成につながるような遺伝子も見つかっており、これらをがん遺伝子と称する。
これは、がん抑制遺伝子産物が不活性化して細胞ががん化するのとは対照的である。
がん研究はがん遺伝子の研究からがん抑制遺伝子の研究に重心が移ってきた歴史があり、
現在においてはがん抑制遺伝子の変異が主要な研究対象となっている。

分化度
ヒトを構成する60兆とも言われる細胞は、1個の受精卵から発生を開始し、
当初は形態的機能的な違いが見られなかった細胞は各種幹細胞を経て組織固有の形態および
機能をもった細胞へと変化してゆく。
この形態的機能的な細胞の変化を分化という。
細胞の発生学的特徴の一つとして、未分化細胞ほど細胞周期が短く盛んに
分裂増殖を繰り返す傾向がある。
通常、分化の方向は一方向であり、正常組織では分化の方向に逆行する細胞の幼若化
(=脱分化)は、損傷した組織の再生などの場合を除き、発生しない。

しかし、がん細胞は特徴の一つに幼若化/脱分化するという性質があるため、
その結果分化度の高い(=高分化な)がん細胞や、ときには非がん組織から、
低分化あるいは未分化ながん細胞が生じる。
細胞検体の検査を行ったとき、細胞分化度が高いものほど臓器の構造・機能的性質を残しており、
比較的悪性度が低いと言える(ただしインシュリノーマ等の内分泌腺癌など、例外はある)。
また、通常は分化度の低いものほど転移後の増殖も早く、治療予後も不良である。

化学療法は、特定の細胞周期に依存して作用するものが多いため、
細胞周期が亢進している分化度が低いがんほど化学療法に対して感受性が高いという
傾向がある。

がんの発生に関与する要因
「がんの発生機序」の項で述べたように、悪性腫瘍(がん)は、
細胞のDNAの特定部位に幾重もの突然変異が積み重なって発生する。
突然変異が生じるメカニズムは多様であり、全てが知られているわけではない。
突然変異は、通常の細胞分裂に伴ってしばしば生じていることも知られており、
偶発的に癌遺伝子の変異が起こることもありうる。
それ以外に、発癌の確率(すなわち遺伝子の変異の確率)を高めるウイルス、化学物質、
環境因子などの要因もいくつか明らかになっている。

しかし、DNA修復機構や細胞免疫など生体が持つ修復能力も同時に関与するので、
水疱瘡が、水痘・帯状疱疹ウイルス (Varicella-zoster virus) の感染で
起こるといったような1対1の因果関係は、癌においては示しにくいことが多い。

遺伝的原因
大部分のがんは偶発的であり、特定遺伝子の遺伝的な欠損や変異によるものではない。
しかし遺伝的要素を持ちあわせる、いくつかのがん症候群が存在する。
例えば、
* 女性のBRCA1遺伝子がもたらす、乳がんあるいは子宮がん
* 多発性内分泌腺腫 (multiple endocrine neoplasia) -
遺伝子MEN types 1, 2a, 2bによる種々の内分泌腺の腫瘍
* p53遺伝子の変異により発症するLi-Fraumeni症候群 (Li-Fraumeni syndrome)
(骨肉腫、乳がん、軟組織肉腫、脳腫瘍など種々の腫瘍を起す)
* (脳腫瘍や大腸ポリポーシスを起す) Turcot症候群 (Turcot syndrome)
* 若年期に大腸がんを発症する、APC遺伝子の変異が遺伝した家族性大腸腺腫症
(Familial adenomatous polyposis)

病原微生物とがん
一部の悪性腫瘍(がん)については、ウイルスや細菌による感染が、
その発生の重要な原因であることが判明している。
現在、因果関係が疑われているものまで含めると以下の通り。
* 子宮頸部扁平上皮癌 - ヒトパピローマウイルス16型、18型(HPV-16, 18)
* バーキットリンパ腫 - EBウイルス (EBV)
* 成人T細胞白血病 - ヒトTリンパ球好性ウイルス
* 肝細胞癌 - B型肝炎ウイルス (HBV)、C型肝炎ウイルス (HCV) (疑い)
* カポジ肉腫 - カポシ肉腫関連ヘルペスウイルス (KSHV)
* 胃癌および胃MALTリンパ腫 - ヘリコバクター・ピロリ (疑い)
これらの病原微生物によってがんが発生する機構はさまざまである。
ヒトパピローマウイルスやEBウイルス、ヒトTリンパ球好性ウイルスなどの場合、
ウイルスの持つウイルスがん遺伝子の働きによって、細胞の増殖が亢進したり、
p53遺伝子やRB遺伝子の機能が抑制されることで細胞ががん化に向かう。
肝炎ウイルスやヘリコバクター・ピロリでは、これらの微生物感染によって
肝炎や胃炎などの炎症が頻発した結果、がんの発生リスクが増大すると考えられている。
またレトロウイルスの遺伝子が正常な宿主細胞の遺伝子に組み込まれる過程で、
宿主の持つがん抑制遺伝子が欠損することがあることも知られている。
ただしこれらの病原微生物による感染も多段階発癌の1ステップであり、
それ単独のみでは癌が発生するには至らないと考えられている。